自分は頭がいいと思い込み、人をすぐバカにするのは困りもの
出身学校や学生時代の成績を妙に鼻にかける人がいる。
実際、頭も悪くない。
理屈もそれなりに整然としている。
難しい物理学の理論や、あるいは哲学的な知識も持っている。
もちろん仕事にもそれなりに意欲を持っている。
いわゆるエリートと言う人々で、自らもそう思っている。
ところが、こういうエリ ートがその後の人生であっけなく挫折して、社会の第一線から消えていくというケースは掃いて捨てるほどある。
息子の高校時代にこんな友たちがいた。
彼は小学校の頃から塾通いをして本人も勉強好きで、成績もいい生徒だった。
だが、誰にも好かれなかった。
この生徒は試験で隣の友人の答案を盗み見る癖があったそうだ。
かといって、カンニングをするわけではない。
友人の答案が間違っているのを見て、安心していたらしい。
結果的には、彼のほうが点数がいい。
クラスではいつもトップだった。
しかし、数学の解き方も英文の解釈の仕方も決して人に教えようとはしない。
ただひたすら、自分のほうが試験の点数がいいことを自慢し、そして 「君たちは、何でこのくらいの試験ができないんだ」といって級友たちをバカにしていたというのである。
彼は、それこそ超一流の大学を出て、日本の代表的な商社に入社した。
その頃はクラス会などにも出席して得意そうに名刺をばらまいていたそうだが、その後だんだんと姿を見せ なくなってしまって、今はどこでどうしているのか誰も知らないという。
おそらく、彼は会社に入ってか らも学校の成績をひけらかし、そして同僚を安易にバカにするといった生 き方をして、結局、社会的に孤立してしま ったのではないだろうか。
こういう人が挫折をするのは「自分は頭がいい」と思い込んで、 ほかの人と一線を画すという生き方をしているからだ。
たとえば会議などで、誰かが意見を述べたりプランを述べたりすると、すかさずそれに異論を挟むというのも 、こういうタイプの人にありがちなことだ。
人の意見に対話の意味で、自分の意見を述べたり、相手の意見を補足するために自分の考えを主張することは大切である。
しかし、不足を補おうという姿勢もなく、難癖をつけるだけの異論では、話も会議も前に進むことはないし生産性もない。
しかも、難点をあげらうだけで、自分が生産的な意見や提案を出すかというと、そういう姿勢は持たない。
「それでは 批判の意味がないではないか」と、普通の人は考えるのだが、こういうタイプの人はそれに気がつかず、相手の非をほじくり出そうという発想だけが先走る。
しかも、 それが「頭がいい証拠」だと思い込んでいる。
こうした対応の仕方が、その人を周囲から孤立させることになる。
こういう人が基本的に持っているのは「相手に対する要求は高いくせに、自分に対して は甘い」という生き方だ。
作家の藤本義一さんは、こういう種類の人聞の挫折を「人工的挫折」と呼んでいるそうだ。
誰が見ても挫折せざるをえない客観的条件があるというわけではない。
自分が過剰なエリート意識を持って、その視点から人を見下し、自分の都合のいいようにしか物事を見 ることができない。
その結果挫折してしまうのだから、原因はすべて自分という人聞が招いた種なのだ。
あなたがもし、そのようなタイプの人間なら、早めに自分の考え方や態度をあらためたほうがよさそうである。
そうしないと、あなたはどんどん会社の中で知らないうちに孤立していくことだろう。
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