悩み

過去に戻りたい心理と病気との関係性4選

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過去に戻りたいという思いを抱くことは、誰にだって一度くらいは経験したことがあるはずです。

しかしながら、問題なのは過去に戻りたいといつまでも過去の栄光を忘れることが出来ず、そして今という現実から逃げてしまう人です。

過去に戻りたいという心理的特徴に関しては、次のタイトルで詳しくお伝えしていますが、先にお伝えしなければならないことが1つあります。

それは、過去に戻りたいという病的な思いは病気の可能性があり、その病気はうつ病などの精神的な病であることです。

そんな病気になる前に、過去に戻りたいと思ったあなたは、今すぐ対処法を実行すべきなのかもしれないということです。

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なぜ過去に戻りたいと思うのか?

安全・快適で住み慣れた環境で暮らすことは、精神的な安定に不可欠です。

そして、自分の体験が通用することは、安定した自我の発達に欠かせません。

しかし、時には変化は避けられません。

自分の決断により引き起こした変化もあれば、意図せずして起きるものもあります。

いずれの場合でも、変化が起きれば、私たちは過去の慣習を変えたり、ものの見方を変えたりして対応しなければならないことがあります。

それまでの体験から得られたものを手放し、新しいものを受け入れざるを得なくなるのです。

つまり、変化に対処するときは、ある程度の苦痛や不安が伴うのです。

そこで問題となるのは、過去の状況にしがみつく「過去に戻りたい心理的病」や、流れに従って前進する必要性までを拒絶する不健全な心のあり方です。

変化に対する過剰で病的な過去へのこだわりは、一般的には、それまで育ってきた中に原因があります。

つまり、「私は、周囲の変化に対処する十分な能力を持っている」という確信を子供時代に得られなかったことが原因で、過去に戻りたいという心理をいつまでも捨てることができなくなるというわけです。

 

例を参考にしてみる

ポイント

たとえば、心配性で子供にまとわりつく親は、「周囲を探検したい」という子供が生まれながらに持つ、好奇心の発達を促そうとしません。

そのような親は、変化を好機と考えず、損失、恐怖、否定などと結び付けます。

そして、自分自身の不安を子供に投影し、子供に対して抑圧をつくり出してしまいます。

そのため、「変化は人生に必ず起こることであり、必要なものである」と、変化を喜んで受け入れる子供の能力が抑制されてしまうのです。

また、周囲を探検し発見する能力に欠ける子供は、内気で臆病な気質を持っていることもあります。

その場合、大人になって、変化に対する恐怖が生じます。

この恐怖こそが、過去に戻りたいという心理的原因であり、この恐怖を無くさないかぎりは、過去に戻りたいという病的な思いを無くすことは難しいでしょう。

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変化に対処する力は自分の中にある

変化を避ければ、確かに「恐怖のレベルを下げることができ」ます。

「なぜ変化を受け入れないのですか?」と、相談者に聞くと、たいてい、未知のものに対する恐怖や、変化後の明確なイメージがわかないことをあげます。

しかし、変化や移行を伴う過去の経験を思い起こすように促すと、自分がそこから「生き延びて」切り抜けた経験を思い出すことが多いのです。

それにつれて、たいていの相談者は自信を取り戻します。

ここでの重要なポイントは、新しい変化に直面したとしても、「変化」に対処する能力と精神的な力は、自分の内面的な資源として存在していることを、相談者に気づかせることです。

そのことにより、相談者は自信を得、行動を起こして恐怖に対処できるようになります。

変化に対処するのに必要な力が自分の中にあることが分かると、自分を信じられるようになり、予測不能な新しい状況に適切に対応できる能力に自信が持てるようになるのです。

このような積極的な姿勢で変化に対応することにより、さらに経験が積み重ねられ、自分の内面の資源もまた厚みを増していきます。

また、過去に戻りたいといつまでもくよくよしてしまう、うつ病などの病への対処法ともなるでしょう。

 

完壁主義者が陥る誤り

過ち

自分の言動が人から批判や馬鹿にされることを受けることに対する恐怖は、多くの人が経験しているでしょう。

この問題をさらに追求していくと、私たちを一番傷つける批判は、実は自己批判であることが分かります。

究極の恐怖とは、他人の反応ではなく、自分に対する期待を満たせなかったことで本人が味わう失望と恥の感覚にあります。

完壁主義者は、何事も「すべてか無か」ととらえがちです。

彼らは、「物事は100%完壁でなければ価値がない」と思っているのです。

さらに完壁主義の人は、「もし自分の言動に少しでも間違いがあれば、自尊心を保つことはできない」と思い込んでいます。

「自分は不完全である」ということで自信を喪失し、自分を恥ずかしく思う人は、「自分の言動」と「自分の本質」を区別できていないのです。

そのため、ある特定の目的を果たせないだけで、「自分は失敗者だ」と考え、自分の全人格に疑いを持つようになります。

そして、「自分はこの特定の状況でのみうまくいかなかったのだ」と考えることができず、すべてにおいて自分はうまくできないと思い込んでしまいます。

つまり、自尊感情(自分に価値があるという思い)を自ら傷つけてしまうのです。

 

この傾向は、うつ病の原因としてよく見られる

あなたは子供の頃、親にどのように叱られましたか?

親が、「してはいけないこと」は否定しても、「子供の全人格」を否定しないように気をつけていれば、子供は成人してから、自分を全面的に否定するような苦痛や苦悩を味わわずにすみます。

「あなたは悪い子です」というメッセージと、「あなたが今やったことはいけないことです」というメッセージでは、それを聞いた子供の内面は、大きな違いが出てきます。

つまり、子供の一つの行動が悪かっただけなのに、子供の全人格を否定するようなメッセージを与えると、子供は自分がすべて否定されてしまったように思い込んでしまうのです。

完壁主義という問題を抱えた人への対処法としては、「思考」や「行動、行為」と、「自分の核にある自己」を区別できるようにしていくことが大事になります。

しかし、多くの人は、自分の行為や行動を通して、「自分はこういう人間だ」と定義するため、行動と自分の核にある自己を区別させるのは、容易ではありません。

 

行動すれば恐怖は克服できる

怯える

恐怖は、人を無力にさせる心理的障害です。

それはまた、自分の人生を切り開いていかない言い訳にすることもできるのです。

つまり恐怖とは、窮地に立ちながら、避けることのできない現実と直面し、その現実を受け入れる他はないという体験から生じるものです。

その意味では、恐怖は人がある一線にとどまり、そこから先に前進しない理由として正当なものであり、人を危険から守る役割を持つ面もあります。

しかし、ここで言及している「言い訳としての恐怖」は、これ以外の恐怖のことで、「こんなふうに行なえない、活動できない」という言い訳として使われるもののことです。

誰も、「怖いけれど、とにかくそれをやるより他に仕方がない」という状況は経験があったと思いますが、あとで振り返ってみると、そのときに感じた恐怖は合理的なものではなかったことに気がつくでしょう。

たとえば、「飛行機に乗るのは怖いけれど、パリに旅行したい」という場合、飛行機に乗った時点でその不安を克服しています。

このときに、「行動を起こすことで恐怖をコントロールでき、目標を達成できた」ということに気づけば、それは理想的な認識の流れといえます。

この原則を、人生のほかの場面にも当てはめてみると、「決意したことをやり遂げるためには、まったく不安がなくて100%快適な状態であることが条件です」などという状況は、非現実的であることがわかります。

時には恐怖があってもやり抜くことが、恐怖による支配を弱めていくために必要な一つのステップなのです。

 

人は常に成長しています

いかがだったでしょうか。

人は常に成長するものであり、過去に戻れる人など存在しません。

だからこそ、恐怖心に打ち勝ち、過去に戻りたいという心理的原因を無くさないかぎりは、新たな幸せを手に入れることが難しくなってしまいます。

うつ病などの人は特に大事なことであり、この過去に戻りたいという気持ちを無くすだけでも、症状が和らいだという報告が多々あります。

過去の自分ではなく、今この瞬間を頑張って生き延びている自分を褒めてやり、そして好きになることができれば、自ずと恐怖心も少しずつ消えていくはずです。

また、「考えすぎる性格に疲れを感じる時の対処法5選」もセットで読んでみましょう。

過去に戻りたい人というのは、今を考えすぎていて疲れているだけかもしれません。

そんな人におすすめの1ページとなっています。

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