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愛がわからない人へ。愛ってなんなんだろう?

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愛の原点は親子関係にある

「愛する」とか「愛される」とか、毎日のように、人によっては何回も使っている言葉な のですが、いったいこの「愛する」、「愛される」って、本当のところは、なんなのでしょう。

とくに「愛する」 ってどういうことなんでしょう。

スト ーカーのように、その気のない相手につきまとって、それでも振り向いてくれない と、すごい迷惑行為をして、時には相手を傷つけたりしてしまう人が、「なぜそんなことす るの?」って聞かれると、「愛しているのでどうしょうもなかった」などと答えることがあります。

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こんな愛も確かに「愛している」うちなのかもしれません。

でも、こういう愛し方というのは本人は、本当に相手の人を愛しているつもりかもしれま せんが、実際のところは、愛されたがっているだけじゃないでしょうか。

「愛する」ってことは、もっとずっと単純でわかりやすいものなのではないでしょうか。

 

もう一度原点に返って考えれば、こんなことはすぐにわかります。

愛の原点はどこにあるかと言うと、やはり親子関係にあるのです。

親は赤ん坊が生まれると、お乳をあげたり、体を清潔にしてあげたり、暖めたり、いろ いろ愛情を示しますが、これらの物理的なものと同じように重要なのが、赤ちゃんにいろ いろと話しかけることです。

 

話しかけて、いっしょになって笑って、また話しかけて、また笑って…

ふつうの愛情あるお母さんだったら、こんなことを毎日何回も何十回も繰り返します。

このように繰り返し話しかけられたり、笑いかけられたりして、初めて赤ちゃんには 母親への愛着が生まれてきます。

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同時に、言葉も覚え、その結果、人間らしい心というものも育ってきて成長するのです。

なにも言わずにただ相手のことを考えていたり、情熱のあまりにか、相手が困ることをしたりするのでなく、このお母さんの赤ちゃんへの単純な働きかけこそが「愛する」ということではないでしょうか。

もし、このお母さんから赤ちゃんへの話しかけや笑いかけがなかったら、赤ちゃんはどうなってしまうでしょう。

 

いくらお乳をもらって、体は清潔に暖かく保たれていても、赤ちゃんはいつまでも言葉は覚えないし、人間らしい心も育たないし、お母さんへの愛着も湧いてこないでしょう。

実際のところ、お母さんが赤ちゃんに対してどう思っているかは大して問題ではありません。

心ではいくら赤ちゃんのことを大事に思っていたとしても、お母さんが赤ちゃんに言葉とか表情とか身振りとか手振りで働きかけをしないとしたら、それは赤ちゃんを愛していないのと同じです。

 

大人同士の愛もまったく同じことではないでしょうか。

大人同士の間でも、親子の聞と同じように、「愛する」ということ自体は非常に単純なものです。

相手にただ必要なものを与えるだけでなく、言葉とか表情とか身振りとかで働きかけて、初めてその人はその相手の人を愛しているといえるのです。

 

いろいろな形で働きかけられた人は、赤ちゃんと同じように、相手を理解し、愛着を持ち、自分が関心をもたれているとわかって自尊心を高め、自信がつき、成長していくことができます。

簡単に言えば、幸せになるということです。

反対にいくら形だけは整っていても、二人の聞に会話のない恋人同士や、夫婦ほどつまらなくて矛盾したものはありません。

 

いくら一つ屋根の下に暮らしていても、毎日デートしていても、そこには愛が感じられません。

お互いに、「わたしはあの人を愛しているんだ」と思っていたところでなんの意味もないのです。

二人の心はバラバラ、愛着など消える一方で、なんのために二人でいるのかもわからず、面白いことに二人とも成長をやめ、だんだん子供に戻ってしまうのです。

 

子供に戻って、二人とも相手がいなくなったら、相手に捨てられたら、自分はいかに寂しく、みじめな思いをしなくてはならないか、そんなことばかり考えるようになってしまいます。

「愛する」ということのもっとも重要な要素は、相手のことを思って、思い詰めたり、悩んだり、苦しんだりすることでなく、なによりも、相手に言葉で働きかけるということなのです。

 

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