心理

僻む人の心理

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僻むという感情を人に見せると、醜いだのなんだの。

あまり人からはいいように思われないようです。

今回は、なぜ人はいいように思われないにもかかわらず、僻んでしまうのか?

ここについて、僻む人の心理を解明していきましょう。

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僻む人の心理を解明してみよう

 

まず第一に、なぜ人間には僻むといった醜い感情があるのか?

それは、人間が他の生物に比べて、感情豊かな生き物であるからです。

人間が涙を流すのも、跳ね上がるように喜ぶのも、感情が豊かだからこそです。

 

人間が感情が豊かという事は、科学的にも立証されていて、実際に映画化までされた、大人気漫画の「寄生獣」の名言でも、こんな名言があります。

”殺したくないって思う心が…人間に残された最後の宝じゃないのか”

このように、他の動物から見ても、人間は賢くて感情が豊かな、本当にまれな動物なのです。

感情が豊かすぎるゆえ、憎むという感情が生まれてくるのです。

 

また、憎むという感情は、基本的に次のような出来事があった時に生まれます。

・自分にとって大事な人に理不尽なことをされた

・仲がいい友達に、羨ましいと思う出来事と遭遇した時

・自分の心に一生の消えない傷をつけられたとき

・利用されるだけされて、捨てられたとき

 

上記のようなときに、僻む感情が生まれ、性格がひねくれているなどと、周りから言われがちな人へと変わってしまうのです。

このように、性格が変わってしまう事は、誰にでも起こりうることです。

そんな僻む感情と、上手に付き合っていくにはどうすればいいのでしょうか?

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僻む感情との上手な付き合い方

 

すぐに「いじける」「すねる」「ひがむ」

そういう人たちは、何かと「遠ざけられる」ようですが、私はまんざら嫌いではありません。

いや、なにかしら愛着のようなものを覚えるのは、私にも、いじけたり、すねたり、ということがよくあるからです。

 

病院の待合室では、同じ病気を持った人同士が意気投合することがよく起こる。

「あなたも、あれですか、あちらのほうが悪いんですか」

「そうですか、あなたも。私もこの病気にはずいぶん悩まされまして」

「そうですなあ、お互いにがんばりましょう」

「ええ、ええ、がんばりましょう」

 

病院などでは、皆さん病気と闘っているにもかかわらず、前向きに励ましているのです。

おそらく、それと似た心理なのでしょうか、「いやあ、わかりますよ、その気持ち。そんなことがあれば、誰だっていじけてしまいますよね」と、その人の肩に手をやって、やさしく語りかけて、、、と同士のような気持ちになる。

 

さて、ここでいいたいことは、「自分自身へも、同じようにやさしく語りかけてみてはどうでしょうか?」ということです。

間違っても、「お前、何をいじけているんだよ。そんな暇なんかないじゃないか。まったくおまえは、なんて人間なんだ」

などと自分を叱りつけないでほしいものです。

 

「いじける」「すねる」「ひがむ」といったものは、誰もが持っている、人の自然な感情です。

それを無理矢理抑え込もうとしても、心のどこかに潜んでいて、どこかで堪えきれなくなって爆発することになる。

けっして消えてなくなるのではないのだから、抑え込むのではなく、うまくつき合っていく方法を覚えてほしいのです。

 

 

僻む感情を無くすのは無理なのか?

 

僻む感情をなくすことは、まず無理でしょう。

どんなに心が裕福な人間でも、自分が付き合っていた相手を友達に奪われると、必ずどこかで僻んでしまうのです。

友達だから僻まないという人がいたとしても、恋人にも友達にも、あなたの悪口を言われていたとすればどうでしょう?

僻んでしまいますよね。

 

結論的に言えば、人間が僻む感情を無くすことは無理です。

ですが、僻んだ感情を表に出さないという事は、賢い人間ですから、必ずできるはずなのです。

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