悩み

人生負け組でも悪くない理由の4つ

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あなたの周りには人生勝ち組と呼ばれる人はいますか?

人生とは勝ち組と負け組に分けられ、何かと勝ち組は周りからちやほやされ、人生得しているような気分になります。

しかし人生勝ち組が必ず得するかといえばそうではありません。

お金持ちほど人生転落する人が多く、実際に大阪や東京といった大都会では転落人生を経験した人は、数えきれないほど存在します。

人生勝ち組が羨ましい人もいるでしょうが、人生負け組でも悪くない理由とは、一体どのような理由が存在するのでしょうか?

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物謙虚さが身につくと人生はうまくいく

たとえ勝負事の世界に生きていない人であっても、人生には「勝った、負けた」と思うことはよくあることです。

友人の恋人を紹介された。

どう見ても、自分のつき合っている彼氏よりかっこいいし、頭もよさそうだし、仕事もできそう。

たとえ口には出さなくても、心の中では「ああ、負けた」となってしまうのではないでしょうか。

同い年の人間が、自分よりも先にどんどん出世していく。

その彼が勝ち誇った顔で自分を見下してくる。

そんなときも、悔しいけれど「オレはアイツに負けた」となってしまうのではないでしょうか。

もちろん人生の価値や幸福というものは「勝ち負け」だけで推し量れるものではないし、そんな意識は捨てたほうがいいのかもしれないが、だがどうしても自分より先をゆく人、自分より才能のある人、自分よりも運のいい人を目の当たりにすれば、「負けた」という三文字が心の中にふつふつとわき上がる。

それに「意味がない」とばかりもいえない。

「負けてなるものか」という競争心が気分を高揚させ、向上心を生み、やる気をふるい立たせ、プラスに作用していく場合もある。

結局のところ、「負けてなるものか」と奮起するのはいいことです。

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問題は運が味方してくれないとき

問題はそれでも、運悪く「負け」てしまったときです。

そのときのみじめな気持ちや情けない気持ちとどう向き合っていくのか。

とはいっても私は、たとえ「負けた」としても、ちっとも「みじめ」とも「情けない」とも考える必要はないと思っている。

人にとっては負けて得るものも多い。

たとえば「謙虚な気持ち」です。

勝ち組の人たちは、なかなか自分に謙虚になることはできないでしょう。

むしろ自分ができる人間と勘違いしてしまい、いい気になって、自信過剰が災いしてあとで手痛い 「負け」を喫する。

そんなことは世の中では毎日のように起こっています。

弱い者、不幸な人、しいたげられた人たちへの「共感や思いやり」といった気持ちも、負ける経験をしなければ本当には得られないものです。

謙虚な気持ちや弱者への共感と思いやり…

いずれも生きていく上では大切なことで、そういう「大切なこと」というものは勝つよりも、むしろ負けることによって得られるものなのです。

 

「プラス負け」という賢い負け方がある

経営者のみなさんは必死になって、ご自身が 「勝ち組」 の栄冠を手にしようとがんばっている。

これは経営者だけに限らず、職場でも学校でも、友人同士のあいだでも、必死になってがんばっています。

書店にゆけば「勝つ」ためのノウハウ本がところ狭しと並べられている。

マスコミは「勝った人」ばかりにスポットライトを当てる。

そして「勝った人に学ぽう」と声高に叫ぶ。

しかし「これで、いいのだろうか?」と首をかしげてしまうことがよくあります。

考えてみてほしい。

いったいどれだけの人が勝ち残れるというのか。

答えは、長い目で見ると全体の一割にも満たない。

年収1000万円を1年稼いだくらいでは、とうてい勝ち組なんて威張っては言えません。

とにかく、大多数の人たちは「負け組」となるわけです。

負けた人たちはいったい、どうすればいいのか。

そもそも「負けたときの心構え」を説く人の数が少な過ぎるのです。

それに勝ち残った人であっても、いずれ負けるときがやってくる。

年を取れば若い人たちにはかなわなくなるのだし、病気に負け、足腰の痛みに負け、ボケに負け、孫と腕相撲をしても勝てなくなる。

人間はいずれ、遅かれ早かれ「負ける」のです。

勝ち残る人は稀ですが、どなたにも「負ける」ときは必ずやってくる。

そう考えると、「負け方」を学んでおくというのは、とても大切なのです。

 

賢い負け方とはこんな負け方です

さて、どうせ負けるのならば賢く負けるのがいい。

うまく負けるのがいい。

そうすれば負けることも、恐ろしくはなくなるでしょう。

そのために、まず最初に心がけておいてもらいたいことがあります。

それは以下の3つです。

1.自分を負かした人を、憎らしいと思わないこと
2.勝ち残った人を、うらやましいと思わないこと
3.負けても、悔しいと思わないこと

「悔しい」「憎らしい」「うらやましい」という、この「三つのしい」は「負けた自分」をみじめに感じさせるだけです。

「負けるが勝ち」という言葉が存在します。

たとえ世間的には「負けた」のだとしても、視点を変えることによって、長い目で見ることによって、「私は負けたわけじゃない」と考えることができればいい。

負けたことをプラスに考えることができればいいのです。

自分がみじめに思えてきてしまうのでは、いわば「負けるが負け」なのです。

これでは結局のところ、何も得るものがない。

また、人生負け組のままがどうしても嫌なのであれば「人生のリセット方法の3つ」もセットで読んでみましょう。

人生をリセットすることによって、負け組から勝ち組にのし上がった人は数多く存在します。

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コメント

    • 名無しさん
    • 2016年 11月 16日

    同意。
    負けて克つ、試合に負けても勝負で克つ…人生の終わりに「ああ、楽しい人生だったな」と、笑みを持って思い返せる人生であれば最高だ。

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